冬に向けて

ぼくにとっての一番の財産ってなんだろう? と考えたとき、答えるとするなら、一緒に仕事をした人たちとの信頼関係だろうと思う。

冬に向けて相談を受けた企画で参加してほしいと思った人たちに声をかけた。東京からすれば地方だし、集客力もわからないような企画で、このタイミング、忙しい時期にも重なっているから頼むほうとしてはかなり勇気がいる。それでも、この人は!という人たちに気持ちよく引き受けてもらうことができた。引き受けてもらえたこともそうだし、久しぶりに一緒に仕事ができるのもとてもうれしい。お願いした相手の人たちも喜んでくれて、こういう風に思い合える人たちがいるのは宝だ。

冬に向けて

流しの洋裁人、工業用ミシンを手に入れる!

うちの母親が工業用のミシンを要らないというので、富士吉田市で一緒に仕事をしている同僚・流しの洋裁人の原田陽子さんと一緒に引き取りに行ってきました。

工業用ミシン、中古をネットで探しても10万以上は軽くするのでかなりお買い得です。しかも工業用のロックミシンも手に入れたからさらに倍お得。

誰かにとって不要なものは誰かにとって必要なもの。あたらしく作り、新品を買うのではなく今あるものを活かして生活をつくっていく。こういう考え方がとても好きです。憧れの一軒家よりも手に入れられる範囲の中でよいものを選び、ゆっくりと時間をかけてそれを自分の形に変えていく。そういうほうが人生楽しく生きられると思うんですよね。仕事に対してもそう。今目の前にあるものを活かして、より良い未来をつくることを考えることが大事だと思ってます。

独立したとき、ありがたいことにお話いただく機会があって、目の前にはいくつかの可能性のタネが散らばっていました。でも、ちょっとバラバラ過ぎました。ぼく個人でできることの範囲を超えたことをやろうとしすぎていました。いくつかのタネを蒔いてみてそのことに気づけたのは幸運だったと思います。いろいろやってみて、できることは結局多くないと思いました。たくさん蒔いたタネの中でも育てられる芽はほんの一握り。そういう取捨選択を繰り返していくのが人生なんでしょうね。

えーっとなんでこんなこと書いているのか。。

とりあえず、職業用のポータブルなミシンを背負って全国を渡り歩く流しの洋裁人は自宅に工業用ミシンという強力なマシンを装備し、より一層パワーアップしたのでした。今後のご活躍にどうぞご期待ください!

流しの洋裁人、工業用ミシンを手に入れる!

地域のコミュニティ

地域の商工会議所の青年部の集まりに2回、顔を出させてもらいました。それぞれが事業を営んでいる、あるいは家業に入っている人たちの集まりです。そこでの話の進み方やコミュニケーションが今まで経験してきたものと違って新鮮です。

集まる人たちによってつくられていくものはこうも違うのかと、関わる人たちによって巻き込み方はいろいろあるんだなと。地方の都市で育ってきた土地で暮らす人たちならではのつながりの作り方。外から来た一風変わった異物として街の人たちと良い形で関わっていけたらと思います。

地域のコミュニティ

日記をはじめます。

山梨に引っ越して、2年が過ぎました。同時に、「一人でやってみよう」と決意してからも2年が過ぎました。きちんとできているかと問われれば、「全然」としか答えられないような日々で、よくまぁ生き延びていると思います。それでもできそうなことや役割がなんとなく見えてきている気はして、その度に気持ちを締め直して毎日を過ごしています。

独立をする前からやろうと思っていてできなかったことのひとつに日々の記録の更新があります。もうほんとにできない。やる気になれば、時間ができて落ち着けばできると思っていたけれど、そもそも日記とか続いたことがなく、落ち着く日も来ませんでした。仕事がないときは「まだ何もやってないから」と書くことをしませんでした。仕事をもらえたときは「今は目の前の仕事をしなくてはいけないから」と、筆を取る時間を作ってきませんでした。そんな風に思っていたらこの2年間、日記を始める日は来ませんでした。

なので、ここらでひとつ踏み出すことにしました。続けられるか自信はないから、まずはひっそりと予行練習のつもりで思っていること、やってみたいこと、やってみたことを綴っていくつもりです。さてさてどうなることやら。

日記をはじめます。

ハタフェスのこと。

ハタオリマチフェスティバルは、地域にいくつもの織物工場を有する富士吉田市が主体となって、織物と街をテーマに観光PRするため生まれたお祭りです。

市が主体となるといっても、企画の部分の多くは委託で任せてもらっており、去年に続き、実行委員長はhostel&salon SARUYAかえる舎の協同代表を務める赤松智志さん、メインビジュアルや全体のアートディレクション、広報物の制作はやまなしを代表するアートディレクター・BEEKの土屋誠さん、ハタオリ工場祭の企画・運営をぼくの3人で主に担当して行いました。もう先月号になってしまいましたが、雑誌リンネルの1ページに3人で載せていただいてます。

今年のハタオリ工場祭では、この場所だからできることをしようと考えていました。また、せっかく外部として関わらせてもらっているので、職人さんたちのできることだけで完結しない人との出会いをつくれたらいいなとも考えていました。血の通ったものにしたかったので、参加してくれる工場1社1社の魅力が引き立つようなことを、と打合せを重ねて、外からお招きする人にはできる限り会いに行き、機会があれば一緒に地域を回って、足繁く富士吉田に通いました。

結果、どれだけあっても時間が足りなくて、多くの人の助けでなんとか形にすることができました。そうして迎えた二日間は、噂を聞きつけて多方面から人が来てくださり、機屋さんや街の人がとても喜んでくれました。みなさんの力があっての盛り上がりだったと思います。pole-poleのニードルパンチ体験石川ゆみさんのTENJIN-factoryの布を使った手縫いワークショップイイダ傘店の飯田純久さんと舟久保織物・舟久保さんとの対談SANKAKU QUILTのハギレを使ったワークショップなど、お世話になった人と街の人を結び付けられ、新しいことに挑戦できたのはとてもうれしいことでした。

チームの話もしたいです。

一緒に企画している赤松くん、土屋さんは本当に頼りになる存在でした。赤松くんは去年の1.5倍くらいの規模になった道具市を取りまとめながら、サポーターや地元の人たちとのパイプ役もやり、しっかりとみんなの中心に立っていましたし、情報発信や制作物の編集・デザイン、人を惹き付けるキーとなるコンテンツはほぼ土屋さんが用意してくれました。きれいに役割が分かれてるのに向いている方向が一緒だから、安心してぎりぎりまで突っ込んだことができました。それと富士吉田市の職員の方々。準備や掃除に足りない人手を休み返上で手伝ってくれ、まとめきれない部分すら快く巻き取ってくれた姿には感謝しかありません。

フィナーレを飾ったWATER WATER CAMELの一夜限定復活ライブ「ハタオリマチニヒビクウタ」。良くないわけがないと思っていました。でも、その想像を軽く越えた時間でした。アンコール曲「水平線のみえる丘」で起きた、みんなで肩を組んでの大合唱。はじめて来た人、街に住む人、機屋の職人さん、年も立場もいろいろな人がひとつになり、「あぁ、このときのために全部があったんだな」と感じたあの時間は、今思い出しても胸が熱くなります。

できることの少なさに戸惑い、足踏みをしていたこの2年間ではありましたが、このイベントに関わってくれたみなさんとは最高の思い出が作れたと思っています。富士山の守り神でもある猿の年にはじまったこのイベント、立ち上げメンバーでは冗談まじりに干支一周を目指そうなんて話をしています。来年も再来年もまた富士吉田の街でお会いできることを願っています。

ハタフェスのこと。

年越しの前に。

北杜に引っ越してきてから2回目の年越しを迎えようとしています。

個人で活動する、と言いつつ、今まであまり多くのことはやってきませんでした。上手くいかない、できない、というよりは、やらない、だったと思います。やらない、を選んでいた理由をかんたんに言うと、一度きちんと地に足をつけたかった、ということだと思います。しっかりと腰を据えて、できることに向き合おう。勢いにまかせるのではない仕事の仕方をしてみよう。そう考えたときに、その時の自分ではいろんなことがおろそかで、全然だめだなぁと感じました。

がむしゃらに仕事をすることも、やろうと思えばできたかもしれないけど、それをやってしまったら、自分で仕事をする意味はずいぶん薄れてしまうことに気付かされました。もちろん、準備なんていくらしても万全なんてことはなくて、とにかく外に出すことが大事という考え方もあります。ぼくのやり方だってどちらかと言えばそっちでした。しかし、それを思い留まらせるに十分な出来事がいくつか重なったこともあり、足を止めてみることにしていました。

九星気学という考え方があります。一白水星とか五黄土星とかのやつです。きちんと勉強したわけではないから詳しくは知りません。自分の生まれた年と今の年から9つの気の流れのどこにいるのかを知り、流れをつかむようなものだと勝手に思っています。それによると、1、2の年は停滞し、3、4の年が上昇、5で一旦安定し、6、7の年で熟成、8、9の年で拡散となるそうです。七赤金星のぼくは一昨年、去年が1と2の年でした。

信じている、というのとはちょっと違います。生きていく上での指針に使わせてもらってるという感じ、流れを知るためのコンパスのようなものです。そのコンパスが指し示す停滞。突入するまでは、基本的には苦労するかもしれない、どんなことが起こるか見てみようくらいに思ってましたが、渦中に入ったら、、まぁいろんなことがありました。

その中で、今年はとにかくこれだけはきちんとやろうと決めていたプロジェクトがありました。それが10月6日7日に開催した2回目のハタオリマチフェスティバルです。イベントでお世話になったたくさんの人たちへの感謝を込め、年をまたぐ前にお伝えできたらなと思い、長らく放置していた活動記録を書くことにしました。

明日に続きます。

年越しの前に。

「装いの庭」のHPをスタートします。

移住してからの1年間、ずっと地に足の付いていない状態でした。やっとひとつ場所をつくることができそうです。「装いの庭」のHPを明日4月11日に公開します。ずっとやるやると言っておきながら、なかなか動き出せずとても遠回りをしました。

最初にお伝えしておくと、ささやかなHPです。悩んだ末、今できる範囲の、小さな一歩を踏み出すことにしました。

何度も考えては練り直し、また思い付いてはそれを捨て、そうして思い至ったHPです。これまでの自分をまるごと全部新しくするような気持ちで、繰り返し考え続けました。ずっと“今できる範囲”のサイズを測っていました。世の中に対して今の自分ができることはとても小さく、やりたいこととできることの間には大きな隔たりがあると思っています。それを正確にとは言えないまでも、冷静に見つめる期間が必要でした。

当初思い描いていたのはもっと大きなニュースメディアでした。けれど、進めようとする中で、続ける自信がどうしても持ちきれませんでした。腰があがらなかったし、おもしろいものにはなりませんでした。中途半端なことはしたくなく、しかし、やろうとすることは全部中途半端になりそうでした。一度頭を冷やそうと10月にオープンする予定を(自分の中で)12月に延ばし、それを通り過ぎて年をまたぎ、3月中にはと思っていたものの、さらにそれを超え、考え直してようやくのスタートです。いろいろな事情はあったにせよ、随分と先延ばしにしてしまいました。

装いの庭は、ぼくのこの先の軸となる活動です。自分の足で歩き、目で見て、耳で聞き、受け取ったことをひとつずつ伝えていきます。小さな小さな一歩ですが、この一歩はやりたいこととできることの間にある隔たりを乗り越える一歩だと思っています。正直、日々にかまけてほったらかしてしまいそうな不安は拭えきれません。それでも、なんとか前を向いていくつもりです。

楽しみにしていてください、と自信を持つことはまだできません。ただ、楽しんでもらえるようにできる限りのことはするつもりです。もしもよろしければあたたかく見守っていただけたらうれしいです。

「装いの庭」のHPをスタートします。

ハタオリマチフェスティバル終了しました。

土曜、日曜と富士吉田市で開催したハタオリマチフェスティバル、無事に終了しました。僕はハタオリ工場祭という企画を担当させていただいてました。

機屋さんたちのために何ができるだろうか? 同じ繊維畑の撚糸会社に勤めていたころのことを思い出しながら考えを巡らせて「ハタオリ工場祭」の企画をつくりました。

機屋とクリエイター、繊維産業に関わる人とそうでない人、クリエイターと街……。消費の地ではなく、生産の地で出会うことで、訪れた人、関わった人が少しでも普段見ているものとは違った景色をみて、刺激を受けてくれていたらうれしいです。もう少しいろいろな想いがあるのですが、とてもひとつの文章では書ききれず断念。

個人的に至らなかった反省点や今後の課題はたくさんありますが、すばらしい人たちの仲間にいれてもらえて、すばらしい人たちに出店してもらって、イベントができたこと自体、奇跡すぎて身に余る光栄でした。

足を運んでくださったみなさん、ありがとうございました。

興味を持って参加してくれた各地の出店者さん、遠方のところをお越し下さりありがとうございました。
企画を受け入れ、全面的に協力してくださった地元の機屋のみなさん、ありがとうございました。

実行委員長の赤松くん、まるさんかくしかくの小林さん、きっかけをくださったアートディレクターの土屋さん、そして、どこの馬の骨とも知れない僕に企画を預け、内外の関係者とのさまざまな調整を見えないところで行なってくださっていた富士吉田市役所の勝俣さん。本当にありがとうございました。

今回やってみて、もっと自分なりの関わり方をこの街としてみたいと強く思いました。そんな風に感じてしまうくらい、富士吉田の街とそこで暮らす人はすてきでした。

ハタオリマチフェスティバル終了しました。

Irish Music Party & Hanz Araki Trio LIVEを終えて

Irish Music Party & Hanz Araki Trio LIVEが終了しました。ご来場いただいたみなさま、ありがとうございました。

個人で活動を始めてから最初の大きな企画でした。いくつもの不安があり、山場がありましたが、会場で出会ったミュージシャンや出店者さん、お客さんの声を聞いたときに、やってよかったと心から思えました。思い描いていた光景があの場所にありました。

7人で演奏をするIrish Music Partyは多くの人に生演奏のすばらしさを伝えていたことでしょう。Hanz Araki Trioのライブでは歌と演奏のハーモニーを思う存分に堪能することができました。出店者の人たちもみなそれぞれに個性を発揮してくださっていました。とても楽しい時間でした。

駆け出しのぼくにこのような機会を任せてくれたIrish Music Party主催のトシバウロンさん、日本ツアーの貴重な東京公演を預けてくださったHanz Arakiさん、福江元太さん、快く会場を貸してくれたパリオの方々、どうなるかも不確かな中で出店を引き受けてくれた出店者のみなさまにはどれだけ感謝してもしたりません。

機会をいただけたことで、良くも悪くも自分の実力を測ることができた気がしています。一歩を踏み出してみなければわからない、たくさんの経験を得ることができました。振り返れば、恥ずかしいくらい地に足がついておらず、至らないところばかりの中で、たくさんの人に力を貸していただきました。みなさんに支えられて、勉強させていただいた機会でした。この経験はかならずや今後の活動の大きな糧にさせていただきます。

関わってくださったすべての方々に、心より御礼申し上げます。本当にありがとうございました。

Irish Music Party & Hanz Araki Trio LIVEを終えて

「装いの庭」をはじめます。

10月に入り、北杜市に移住してから半年が経ちました。今後の活動について、少しずつ準備が整ってきましたので、みなさんにご報告させていただきます。

この度、「装いの庭」という屋号での活動をスタートします。

装いの庭は、“装うこと”を切り口に、洋服やアクセサリー、小物、インテリアなどのジャンルの選りすぐりのデザイナーやお店の情報を紹介していく活動です。活動の第一歩として10月下旬より、展示やワークショップ、イベント情報を紹介するメディアサイトをオープンします。展示などの情報のほか、取材やインタビューを積極的に行い、読み物として多くの方にたのしんでいただけるサイト運営を考えています。

優れた作り手たちは、いつも挑戦を続けています。それぞれの中にある美意識と、受け取り手との接点を探して。この世界では、どんなにワクワクするものや美しいものでも、理解し、手にとってもらえなければ生き残っていくことはできません。

「ワクワク、ドキドキさせてくれる作り手たちの創造力を応援したい」「クリエイティビティをもっと自由に発揮してもらいたい」。いつからかそう考えるようになりました。そのためには、今は世の中の許容範囲が狭すぎる気がしています。装いの庭では、挑戦を続ける人たちとともに、狭くなってしまった許容範囲を切り開くような活動をしていきたいと考えています。

装うことはもっと自由で多様性を持っていていいはずです。一人ひとりが好きなものを自分らしく纏ったらいい。かっこつけたり、かわいらしくしたり、面白かったり、時には気を抜いてラフにしたり……。人の目も気にしつつ、自分らしさに向き合って想いをめぐらせたのなら、装うことは、きっと、もっと、たのしい。

サイトURLなどの詳しい情報はまたリリースのときに記載させていただきます。活動を始めるにあたってグラフィックデザイナーの岡崎直哉さんにお願いして名刺とロゴを作りました。固い印象の文字の、絶妙に角を取ってくれている感じ、すごく気に入っています。印刷は特別感を出したかったので啓文社印刷工業に活版印刷でお願いしました。ありがとうございました。

まだまだこれからの活動ではありますが、応援していただけたら幸いです。どうぞよろしくお願いします。

「装いの庭」をはじめます。