ハタフェスのこと。

ハタオリマチフェスティバルは、地域にいくつもの織物工場を有する富士吉田市が主体となって、織物と街をテーマに観光PRするため生まれたお祭りです。

市が主体となるといっても、企画の部分の多くは委託で任せてもらっており、去年に続き、実行委員長はhostel&salon SARUYAかえる舎の協同代表を務める赤松智志さん、メインビジュアルや全体のアートディレクション、広報物の制作はやまなしを代表するアートディレクター・BEEKの土屋誠さん、ハタオリ工場祭の企画・運営をぼくの3人で主に担当して行いました。もう先月号になってしまいましたが、雑誌リンネルの1ページに3人で載せていただいてます。

今年のハタオリ工場祭では、この場所だからできることをしようと考えていました。また、せっかく外部として関わらせてもらっているので、職人さんたちのできることだけで完結しない人との出会いをつくれたらいいなとも考えていました。血の通ったものにしたかったので、参加してくれる工場1社1社の魅力が引き立つようなことを、と打合せを重ねて、外からお招きする人にはできる限り会いに行き、機会があれば一緒に地域を回って、足繁く富士吉田に通いました。

結果、どれだけあっても時間が足りなくて、多くの人の助けでなんとか形にすることができました。そうして迎えた二日間は、噂を聞きつけて多方面から人が来てくださり、機屋さんや街の人がとても喜んでくれました。みなさんの力があっての盛り上がりだったと思います。pole-poleのニードルパンチ体験石川ゆみさんのTENJIN-factoryの布を使った手縫いワークショップイイダ傘店の飯田純久さんと舟久保織物・舟久保さんとの対談SANKAKU QUILTのハギレを使ったワークショップなど、お世話になった人と街の人を結び付けられ、新しいことに挑戦できたのはとてもうれしいことでした。

チームの話もしたいです。

一緒に企画している赤松くん、土屋さんは本当に頼りになる存在でした。赤松くんは去年の1.5倍くらいの規模になった道具市を取りまとめながら、サポーターや地元の人たちとのパイプ役もやり、しっかりとみんなの中心に立っていましたし、情報発信や制作物の編集・デザイン、人を惹き付けるキーとなるコンテンツはほぼ土屋さんが用意してくれました。きれいに役割が分かれてるのに向いている方向が一緒だから、安心してぎりぎりまで突っ込んだことができました。それと富士吉田市の職員の方々。準備や掃除に足りない人手を休み返上で手伝ってくれ、まとめきれない部分すら快く巻き取ってくれた姿には感謝しかありません。

フィナーレを飾ったWATER WATER CAMELの一夜限定復活ライブ「ハタオリマチニヒビクウタ」。良くないわけがないと思っていました。でも、その想像を軽く越えた時間でした。アンコール曲「水平線のみえる丘」で起きた、みんなで肩を組んでの大合唱。はじめて来た人、街に住む人、機屋の職人さん、年も立場もいろいろな人がひとつになり、「あぁ、このときのために全部があったんだな」と感じたあの時間は、今思い出しても胸が熱くなります。

できることの少なさに戸惑い、足踏みをしていたこの2年間ではありましたが、このイベントに関わってくれたみなさんとは最高の思い出が作れたと思っています。富士山の守り神でもある猿の年にはじまったこのイベント、立ち上げメンバーでは冗談まじりに干支一周を目指そうなんて話をしています。来年も再来年もまた富士吉田の街でお会いできることを願っています。

ハタフェスのこと。